鈴木心の写真ノート

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フイルム写真よ、さようなら#4「写真集を作る理由」

身近な、大嫌いな写真集僕が写真集を出そうと決意をしたのは、2007年のことでした。大学時代の友人であり写真家の遠藤俊介による『カンボジアの子どもたち』という写真集の出版がきっかけでした。 この写真集は遠藤くんが急性白血病にかかっていることが発覚し、彼が撮った写真をまとめるべくゼミ教授の大石芳野さんが中心となって製作が進められたもの。遠藤くんが亡くなる直前にベッドの上で彼自身によって完成が確認され、その数日後に息を引き取った、運命的な遺作です。 鈴木心写真館の原風景ページを

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鈴木心 写真集『写真』のひみつ|アートディレクター・菊地敦己さんの巻

「写真」という名の写真集?2008年に刊行された、鈴木心『写真』。鈴木心が独立した年。先日出版された「鈴木心の撮影ノート」は、以後10年の仕事のまとめ。一方、2008年以前の鈴木心の写真を見ることができるのが『写真』であり、それは後にも先にも、鈴木心にとって、唯一の「写真集」でもあるのです。今日は写真館スタッフゆもとが、その本の出版、そしてデザインをしてくださった菊地敦己さんに会いに行きました。 「出会いは、mixi!?」 「鈴木心は元気ですか? こないだたまたまラジ

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フイルム写真よ、さようなら。#3 鈴木心の最初で最後の写真集『写真』について

僕の一生ではこんな出版計画があります。 1、作品集:一冊で鈴木心の写真について理解できる本 2、伝心:一冊で写真に必要なコミュニケーションが理解できる本 3、技術:一冊で写真に必要な技術が理解できる本。 4、生き方:一冊で写真家としての生き方が理解できる本 しかしこのうち3つが先日発売した『撮影ノート』で、完結しました。『撮影ノート』は2006年から始めた写真の仕事の技術に関してを網羅する本ですが、08年、写真大学時代の03年から撮影したカラー写真をまとめた本を出版していま

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写真はライブだ!「写真道場」のひみつ。

6月29日に控える写真道場#3にむけて、鈴木の胸中ぶっちゃけてみます!好きなミュージシャン、好きなスポーツ選手、あれ?みんな写真を撮るのに、好きなフォトグラファーはいない。そんな悲しい現実をぼーっと眺めてきたこの18年間。なんでだろうなぁ。と。 「つい先日セガに履歴書を送りました。」 ゲーム育ちの僕はゲーム業界に憧れていました。写真業をやめるんならっと思って中学生の時からの夢だったセガについ先日中途採用ページから履歴書と作品集とともに、応募しました。が、二週間以上返事をまっ

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「あなたは、あなたが食べたもので、できている。」

心さんは、どうやって〜〜〜なのですか?という質問を頂くたびに自問する、なぜだろうと。よくテレビゲームを引き合いにだす。ゲームにはルールがありゴールがある、その中で最良の仕事をするためにはまず仕組みをきちんと理解すること、そしてうまく乗り切る腕を磨くこと。 家族の仕事には一切興味を持たない。そんなポリシーを持っている。仕事が近いから、目に入ると感想を超えた争いを生む可能性がある。現場には現場の事情がある。だから無関心が最大の関心と言ってもよいだろう。 そんなことは御構い無し

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いつのまにか、エッセイスト、鈴木心

「1年に3冊ペース」 人知れず、一昨年より怒涛の物書きをしている。一昨年の12月に写真の作例が一切のっていない活字のみの写真の教則本「うまくなっちゃう7のこと」そして去年の夏に「撮影のしおり」年末に「写真館のあゆみ」そしてこの春に「撮影ノート」。どの本も原稿は一人で書き上げる。 「言葉の素数で」 大学生のときに、写真家の畠山直哉さんに自分の作品のことくらいは自分の言葉で説明できるように、と教えて頂いてから言葉に興味を持った。小学生でもわかるような言葉で。そう、言葉にできると

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フイルム写真よ、さようなら。#2「写真はスポーツだ!」の巻

カメラ、レンズ、沢山の選択肢からの必然性を知るためには、あえて違和感に飛び込むことが有効です。みんながやっているから?うーん、それはないかなぁ。ということで、今挑戦している「みんな」とは「真逆の選択」をご紹介してみたいと思います。これは写真の筋トレのようなものです。 早速ルールを策定です。 1、広角単焦点|癖のある機材を選ぶ 慣れてくると選びがちな標準レンズ50mm。視覚に近い範囲が写り、パースも出にくいので画面の作りやすさは抜群です。さらにマクロも守備範囲になれば、一本で

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フィルム写真よ、さようなら。#1

「ついに結論が出た」 ここ数年、インスタ〜写ルンです流行りの動向を眺めていて結構真剣に考えていました。自分にとってフィルム写真の在り方って。僕が写真大学に入学したのは2001年。この時はモノクロの撮影、現像、暗室でのプリントを授業にも出ずに四六時中行なっていました。それが、まだ「写真」の日常でした。 「暗室」 03年からは引っ越すとともにカラー暗室を自分で作り、学校にいかなくてもカラープリントに臨める環境を作りました。当時は結構こういうスタイルの方々がプロアマ多く、コスト、

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